儚いから愛おしく、慈しむほど輝く

呼び捨てされる嬉しい響き Good Chance 期待しちゃうな

「成功だけが正しさを証明する」が本当だったらいいのになあ、なんて未だに思ってしまう自分があほすぎて情けない。他の人から見たらわたしの手の中には「成功」があり、何の苦労もしていないように映るかもしれないけれど、自分では「成功」なんて思えないし、むしろそれらは絶望の種でしかない(おそらくわたしが他人を見て「いいなあ」と羨望の眼差しを向けてる際、同じことが向こう側で起こっているんだろうとも思うが)。生まれ変わったら卒業式の前日と、当日の両日とも袴を着れる女の子になりたい。間違えても「明日学生証を返却しないといけないんだから!」とか言って、精神分析事典を読み漁る人間にはもう生まれたくない。就職してから他の人と比べて落ち込むことは減ったけれど(色んな年代の色んな人がいるからかも。学校って同じ年代の似通った人ばかりで視界がゆがむ)たまに大学時代のことを思い出してはわーわー言っている。/最近になって、学部時代の専門選びは間違っていなかったんだと思えるようになった気がする。ずっとがっちりとした哲学や、表象論をやるべきだったんだと思っていたし、周りからそう言われることも多かった。でもそうではない道で良かったのだとちょっと思えるようになった。そんなわけで(?)最近は現象学倫理学の勉強をしている。/わたしの身体の一部には、どうしても他者が入り込めず、それゆえわたし自身も認識できていない部分があるな、という気付き。/はてなブログが重たくて、もう限界かもしれない……と思っています。ブラウザとの相性が悪いのか、ラップトップの容量不足が原因なのか……うーんうーん。