儚いから愛おしく、慈しむほど輝く

きっと戻れない日々眺めてた。たった一つが欠けて、諦めて。

新しいPCにはローラースケートのシール貼りました

昨日、クリエの感想を書いた後、2年半使い続けたPCが動かなくなりました。いや、正確にはブラウザがまともに動かなくなりその他もろもろのソフトも重くてうーんうーんという感じだったのですが、もうこれは寿命だと言ってもいいだろう、ということでついに今日PCを新しくしました!わーい!いろいろ迷って心折れかけたりもしたんですが、海外メーカーの安いやつで性能がそこそこ良いのがあったのでそれにしました!しかしキーボードが長くて打つの慣れない…というわけで練習がてらいろいろ書いてみます。

この前、友達とご飯を食べてるときに「ブログを書いてるんだよね~」という話をしました。何書いてるの~?と聞かれたのでコンサートの感想とかテレビの感想とか色々~と答えたら、書かなくてもいいのになんで書くの?と聞かれました。

正直言ってこれは盲点でした。確かにブログは書かなくても良い!じゃあなんでわたしはブログを書いているのだろう。

いろいろ考えたのですが、第一に「そういう文化の下で育ったから」というのがあると思います。以前にも書いたように、わたしには元JUMP担(自担が脱退というやむを得ない理由で引退した…)姉がいます。年齢的には大体7と同年代で、JUGEMやDecooが流行ってた頃に中高生だった世代です。もちろん姉もブログを書いたり読んだり、時にはブログを通して知り合いを作ったり、という営みをしていたわけですが、そのような姉をおたくの手本として見てきたわたしには「アイドルのおたくというものはブログを書かなければいけないのだ」という考えが根強く存在しているのです。好きだと思ったところ、かっこいいと思ったところ。新しい仕事が決まったという喜びから、どうでもいい日記まで、ありとあらゆることを文章にしてインターネットにたらたら流す。それこそがおたくのあるべき姿だとわたしは思っているのです。だから、わたしはこうやって今日もたらたらと文章を書き続けているのです。

と同時に、最近では自分の頭の中を整理するために書き続けているという面もあるんじゃないかと思っています。わたしは大抵の場合、作間を見てるときはぼんやりとしているというか、自分が自分でないような感覚の時が多くて、それゆえ見終わった後は記憶がどこかへ吹っ飛んでることがほとんどなんですけど、文章を書くことによってそれを蘇らせることができる、ような気がするんですよね。また、何かに対して考えたいときや答えを出したいときも、文章にすることで答えを導き出すとまではいかなくても、少しだけ気が楽になったことは今までに何度もありました。例えばわたしは作間のことを分かりたいのかどうか、TDCの頃にブログが書けなかったのが何故か、ということに関しては、自分の頭に思い浮かんだ言葉を一回文字として打ち込むことで、自分自身の考えを認識することができたのです。わたしはこのブログのことを日記と呼ぶことにしてるんですけど、結局その理由を追究すると、ブログは自分の頭を整理するためのものだ!だからわたしのためのものなのだーー!という考えに行き着くんですよね。だから友達にブログの話をしたとき「レポ書いてるってことだよね?」と言われたときに少しだけうーん?と思ってしまったのも誰かのためじゃなくて自分のためという考えがあるからなのだと思います。

そんなわけでPCは変わってしまいましたがわたしは変わらずこれからも日記を書き続けていきます!いい感じにキーボードにも慣れてきた!と思う!たぶん明日の授業もこれでノートとれるはず!

そしてそしてクリエお疲れさまでしたーー!!レポ見るたびにむちゅ恋に思いを馳せていたのですが(笑)果たして映像はどこかで何らかの形で上がるのか否か……あとあと東京ドームも地味に決まっていてびびりました……8月の東京ドーム!大きな会場をローラースケートで滑る5人を想像するだけで幸せな気持ちになってきます……あああ行きたいなあ。と同時にどこかのグループやまだ見ぬ選抜ユニットのデビュー発表がありそうな気もして、無駄に緊張する気持ちもあったり……とにかく、誰にとっても幸せな夏になりますように。