儚いから愛おしく、慈しむほど輝く

羽がなくてもいいよ 僕たちを飛ばすのはJETさ

形式とは、ひとつの痕跡です。命令法には暴力があります。その暴力は、「あなたのために」と言われるといっそうはっきりします。人がどう思おうとも、命令法とは支配のしるしです。権力への欲望なのです。
ロラン・バルト石川美子訳「 命令法(クロニック)」『ロラン・バルト著作集10 新たな生のほうへ 1978-1980』

発言を求められる。しかし、わたしは何も話さない。何故ならそこは、わたしの話せる場所ではないから。「安心できる場」という枠を、他者が設けたところで、そこが本当にわたしにとって、何も気にせず発言できる場か否か、判断を下せるのは、わたししかいない。けれども、わたしは話さないければいけない。その人のまなざしが、わたしにそう言いつけているからだ。……もし、その場がパロールではなくエクリチュールに支配されていたら、まだ、幾分か気楽だったかもしれない。書き言葉なら、わたしは扱える。何故? わたしは話し言葉を恐れている。逃げていく言葉。変わっていく言葉。わたしは誰かに自分の言葉を歪められるのを恐れている。本当に、それだけだろうか? ……場が怖い。その場は逸脱を許すと言っている。しかし、許される逸脱にも限度がある。果たしてわたしはその枠の中に入れるだろうか? そして、この悩みは、わたしが抱えなければいけないものなのだろうか?