儚いから愛おしく、慈しむほど輝く

羽がなくてもいいよ 僕たちを飛ばすのはJETさ

文フリ東京参加します(5/16・東京流通センター 第一展示場・チ-16)

アイドルミニコミ「W-IDOL」として、2021年5月16日(日) 第三十二回文学フリマ東京に参加します。配置はチ-16です。

 

今回の特集は「アイドルと物語」なのですが、わたしはなんてったってアイドル なんてったってアイドル・オタク――「オートリバース」で描かれた少年のイノセンスと苦しみ』という題で、オートリバースについて書きました。 

わたしはオートリバースを聴くと、無性に悲しくなってしまうんです。

学校にも家庭にも居場所がないと感じていること。親衛隊に入って、ようやく居場所が出来たこと。そこにしか自分の居場所はないと思い込んでいること。そして、自由な場所へ出た代償として、多くのものを失っていくこと。二人は、親衛隊という自由な環境と引き換えに、苦しみをいくつもいくつも抱えていきます。そんな二人の姿を思い浮かべると、もし松戸にずっと居たのならば……と思ってしまう。だから、わたしは二人の痛々しい青春を直視できないのだと思います。

オートリバースがラジオドラマ化された際、「ラジオっていいね」の公式サイトに掲載された高崎さんのコラムのタイトルが「小説が物語になる。あの時代の呼吸を感じよう。」でした。オートリバースは、まさに「小説が物語になる」作品だと思います。小説という形で、あの頃、確かに存在していた親衛隊の少年の姿が刻まれていく。フィクションに生きるチョクと高階が、現実の世界と繋がり、物語になっていく……そんな作品だったから、ドラマの中に、作間と猪狩の姿が見えなかったのだと思います。

そして、80年代を知らないわたしは、何が何でも「あの時代の呼吸」を感じたくて、当時の映像を見たり、新聞記事やよい子の歌謡曲を読んだり、家にあるキョンキョンのカセットを再生したり、とにかく二人が生きていた時代のものに触れてみました。チョクも高階もお話の中の男の子です。けれど、二人のような苦しみを抱えていた子は、確かに、あの時代、存在していたことでしょう。「オートリバース」はそんな子たちの苦しみを、小説という形で残そうとしているのです。あの作品の誕生は、2012年頃にキョンキョンが言っていた「ファンの人の青春に責任を取る」という発言と、もしかしたら繋がっているのかもしれません。そういうことについて書きました。

4ページ分試し読みできるのでよろしければ読んでみてください。

 

また『虚無だけど虚無じゃないアイドルドラマの世界』という題で色んなアイドルドラマについてたらたら書いた文章も載せてます。少女に何が起ったか電影少女、先生はエライっ!、バカレア、兄ガチャについて書きました、が、結局言いたかったのは要一の夢女子になりたいという話です……MDCのTシャツ買おうかな……そんで辰巳で野菜ジュース飲もうかな……

この他にも、載せてもらおうと思っていたけどやめた記事がいくつかあるので、それはちょこちょこここに載せていきます。

 

緊急事態宣言が今と全く同じ条件のまま延期されると中止になってしまうみたいなので、わたしは家に引きこもりつつ祈りを捧げております……是非お立ち寄りくださいませ!