儚いから愛おしく、慈しむほど輝く

呼び捨てされる嬉しい響き Good Chance 期待しちゃうな

最近、人と話すのが苦手ということに気が付いた。自分の意見を言わないと、と思うと、どうも言葉が出ない。適当な言葉で誤魔化してしまう。本当に言いたいことが出てこないから、とりあえず掴んだものを投げておく。そんな話し方しかできない。

話すのが苦手なのは、きっと、自分の中に言葉を溜めておけないからだと思う。例えば、話すための言葉を置いておけるスペースがあったとしたら、わたしはそこに一つの単語しか置けない。文が置けない。句が置けない。意見を求められると、言いたいこと、単語、言葉はたくさん溢れてくる。だけど、それは流れて落ちていって、どこかへ消えてしまう。言うことがなくなってしまう。だから話せない。

わたしがこうやって日記を書いているのは、人と話すことの代替なんだと思う。本当はその場その場で言いたいことがある。だけど、それは立ち現れては消え、また生み出されては流れていくのを繰り返し、結局口からは何も出てこない。でも、目の前にラップトップさえあれば、言葉をそこに残せる。ラップトップさえあれば、わたしは話せる。誰かに話したくて話したくて仕方がないけれど、言葉が消えてしまって話せないから、その代わりにここに書き込んでるんです。書き込めば消えないから。

今日で、この日記を始めてから3年が経ちました。3年の間に書いたことと言えば、作間のことを好きと言いたいとか、ハイハイがかっこいいとか、ナナセくん♡要一くん♡とか、そんなどーでもいいことしかないけれど、でもわたしはそんなどーでもいいことさえ、口にすることが出来ないんです。この日記があるからわたしは思っていることを言葉にできる、そんな気がします。本当は、もっともっと言いたいことがあるし、もっともっと思ったことをそのまま書きたい。そのままの感情を眺めたい。でも、わたしがこんなことを言っていいんだろうかとか、これはきっと言ってはいけないことだとか、そんな思考が邪魔をして、何も言えなくなる。それがもどかしい。でも、このもどかしさに気が付けたのは、こうして日記を書いていたからだと思います。

ああああああ、ていうかはだしょー2週分見てないし、にゃんにゃんじぇっつも見ておりません……でも夏休みまでガッツで乗り切ります。この時間まで起きているのは、本当はとてもとてもやばいのでそろそろ寝ます……サマパラ当たりますように!