儚いから愛おしく、慈しむほど輝く

きっと戻れない日々眺めてた。たった一つが欠けて、諦めて。

21時を過ぎても伝記が更新されなくて、怖くて怖くて仕方なくて、でも22時を過ぎて、作間の伝記が更新されて、とりあえずちょっとだけ安心した。相変わらずのなんてことない内容で、絵文字も顔文字もなくて、写真なんて勿論なくて、でもそれが愛おしかった。もなかもくずもちも美味しいよね。わたしも食べたい。ていうか伝記の感想ちゃんと書いたのこれが初めてじゃない!?

未だに作間のことが今でも好きなのかもう好きじゃないのかが分からないし、自分が怒っているのか悲しんでいるのかすらも分からない。でも、作間のことを好きだって言いたいし、悪くないよって言ってあげたい。好きだから守ってあげるよって言いたい。それは本当。なのに、それが出来なくて、わたしって何なんだろうって思う。こんなのファンって言えなくないか?って。

本当はこんなことだって書きたくない。作間に関することは全て幸せなものであってほしいと思っているから、こんなネットの片隅に置いておく文章でさえ、ネガティブなものではあってほしくない。でも、こうやって目に見える形で残しておかないと好きだという気持ちがなくなってしまいそうで怖くて、どうしようもできなくて、だから今こうやってラップトップに向かっているんだよ。自分のための文章。こんな利己的な言葉、ためこんで何になるのだろう。せめて、好きだと言いたい気持ちがなくならないように、悪くないよ、って言ってあげたい気持ちが消えてしまわないように、今は知らない人の言葉は目にしないように、耳にしないようにしている。むしろ楽しいこと考えようって、昨日の夜、9月2日以前の投稿を見ていたら何故か泣きそうになった。あの曲もあの曲も歌ってほしいんだったって思い出した。たくさんたくさん見たい景色があって、行きたい場所があって、そのすべてに作間が、5人がいてほしいんだった。それなのに今、作間の姿を見るのさえ怖くて、もう本当にわたしはどうしちゃったんだろうという感じです。

好きだと言えないのも嫌いになれないのも辛い。苦しい。もうすべてを終わらせてくれれば楽になるのかな。それとも、わたしがすべてを忘れるべきなんだろうか。