儚いから愛おしく、慈しむほど輝く

きっと戻れない日々眺めてた。たった一つが欠けて、諦めて。

昨日の夜インスタに投稿したやつの焼き増しみたいなもの。色々考えたのだけれどわたしは自分の気持ちがわからない。自分自身のことのはずなのに。でも、とにかく今思っていることを文章にして、なんとかそれを受け入れないといけないのだということは分かる。そしてそれは絶対にこの「儚いから愛おしく、慈しむほど輝く」と言う場所じゃないといけない気がする、ので、ここに書きます。

 

 DREAM BOYS初日。ずっとずっと楽しみにしてた有楽町、帝国劇場の季節、なのに、どうしてわたしはこんな気持ちで過ごさなきゃいけないのだろう。作間のことは今この瞬間もちゃんと好き、だと思うし、今でもかっこいいって思う。でも、さすがにこの状況は苦しすぎるよ。

 わたしはずっと、ずっと作間にはinnocenceがあると思っていた。純白さや天真爛漫さとはまた違う、どこか儚くどこか残酷な幼さ。作間にはまだアイドルとしての自我が芽生えていないのだと、そう思っていた。自分がアイドルであることを心のどこかで受け入れられていないから、アイドルらしい言動が苦手だったり、ただパフォーマンスにだけ集中しているように思えたりするのだと考えていた。その一方で、表情を作るのが上手くなってきていたり、受け手の存在を踏まえた発言をするようになったりしたのは、そういった幼さが解体され始めているからだと思っていた。でも、でもでもでも、そんなものはわたしのただの押し付けでしかなくて。作間の中にあるのはただ、16歳の一人の男の子としての人格それのみなのだろう。結局のところ、わたしが作間の中に見出していたものは幻想かつ空想かつ偶像、なんだよね。

 そもそも、パフォーマンスに心を奪われてファンになった。でも、何を考えているかわからなくて、その表情の裏にあるものを知りたくて作間担と名乗るようになっただけ。だから、プライベートのことを詮索するようなことは本当はしたくない。たぶん、これが女の子との写真だったら(まあそれが出るのもどうなのかという話だけれど)こんな気持ちにはならなかったと思うし通常運転ドリボ楽しみ~っていう感情だけで過ごしていたと思う。でも、今回の件はさすがにわたしだって口をはさみたいよ。だって他の子にも明らかに迷惑かかってるし、「HiHi Jets」っていう名前にも泥を塗った。大袈裟なんかじゃない。たった一つの疑惑がそこにあるというそれだけで、8割方の人は色眼鏡を通して見るようになる。作間だけじゃなくて、5人全員を、だよ。

 ネットに流れてる言葉が本当かどうかなんてわからない。正直言って転がっている言葉を鵜呑みしているかと聞かれればその答えは否だし、わたしだってそこまでアホじゃない。それに、事実として横たわっているのは、作間龍斗の寝顔の写真が流出したというそれのみだ。でも、もう信じられる自信がないよ。そもそもわたしが信じるとか信じないとか、そんな曖昧な線引きを作る必要なんてないんだろうけどさ。いや、わたしの中でこのことを受け入れるためには必要なのかな。もうなんかいろいろ分からないです……

 とりあえず、ドリボチケットある分はいきます。姉が「知りたいことがあったら現場に行け!!」みたいな人なので、その教えを受け継いで、全て現場に入って考えます。そもそもわたしはパフォ厨なわけで、一時期は「多分わたしって現場入ってるときは作間担だけど、それ以外の時はおたくじゃないんだと思う!!」とか抜かすくらいには自分の目で見ることに重点を置いているので、そこで起こってることのみ信じます。10日、終演後に好きだと言えたらいいな。そういえば、「誰にとっても幸せな秋になりますように」っていう言葉をどこにも書いてなかった。書く前に色々起こっちゃったからかな。わたしにとっても幸せな秋になるかな。

 

 はーーーーーばかみたい!!!さっさと嫌いだよばーーかって言えたらよかったよ!!!今でも白軍服着せたら右に出る人はいないと思ってるし、ダンスもローラーも歌も大好きなんだよーーーー!!!!どうしたらいい?もう何が正解かわからない。作間担からの連絡は一向に来る気配がないし、わたしだって本当は泣きたいよ。