儚いから愛おしく、慈しむほど輝く

呼び捨てされる嬉しい響き Good Chance 期待しちゃうな

季節はとめどないジェットコースター

20日と25日の分まとめての感想。

舞台芸術、とりわけ、現代舞台芸術において、照明の明るさを0から10の11段階で調節できるとしたら、大抵の場合は6段階目くらいまでしか使われないと聞いたことがある。それ以上明るくすると、眩しすぎて折角のパフォーマンスが客席に伝わらないからだ。しかし、今回のジャニワにおいては、明らかに7段階目以上の明るさになる瞬間がある。それはライフル隊の終わり、原子爆弾が落とされるシーンだ。投下された際の閃光が、目も開けていられないほど明るい照明で表現される。そして、それまで個を持ち、顔をはっきりと観客に見せ、ジャニーズJr.として舞台に立っていた青年たちは、客席に背を向け、逆光となり影となり、認識不可能となる。客席側から一人ひとりを判別することは出来ない。彼らは代替可能な存在へと変化する。これは、巨大な国家権力を前にした際の、脆く柔い存在である私たち一人ひとりの姿そのものであり、かつての(あるいは今も続いているのかもしれない)この国の国民の姿でもある。この時、彼らは、80年前確かに存在していた誰かになる。作間も優斗も涼くんも、その名前と顔を失う。しかし、猪狩が、一人ひとりに対し、争いの愚かさ、平和な日常の大切さについて考えるべきだと訴えかけることで、照明の強さが変わり、ライフルを手にした彼らは個を取り戻す……今までに見たジャニアイ、ジャニワシリーズ4作(トニトニ、キンプリ、ニューワールド、今年)において、その全てに戦争のシーンが出てきたけれど、今年のライフル終わり~猪狩さんの訴えかけのこのシーンがわたしはいちばん好きかもしれない。人が死ぬ、日常が失われることに加えて、個を奪われるという点も加えているからかな。じゃにーずの子たちって(芸能人だから当たり前だけれど)個を出す、自分らしさを出すことが大切にされているから、その性質を逆手にとってこういう演出にしたの、凄く上手いですね。

それと、ライフル側転は20日はやっていたんですけれど、25日はやらず……19日はやろうとしたけどできなかった、というような身体の動きだった一方で、25日は全く別の動きをしていたからやっぱり不調なのかな。そんな中で辛そうな素振りも見せず、2時間踊り続けているんだからやっぱり作間はプロです。前に那須くんが「君たちが苦しめば苦しむほどお客さんは楽しんでくれる!」って光一さんに言われた、って話していたけど、ああ、本当にそうなんです。苦しんでいる表情を隠しながらパフォーマンスしていると更に良い。パフォーマンスに打ち込み続けるその姿に、身体のきらめきに、わたしはどきどきしてしまうんです。

アクトショーでのときめきポイント一つ。照明が明るくなる直前に片手で髪をかき上げていたのがかっこよかった!!!!25日はセットせずに前髪ぱっくり分けで「せめてセットしてほしい!!!!」と涙を流していたのですが、かき上げてる姿がかっこよかったので何でもいいです゜・*:.。..。.:*・゜あと、25日は2階席だったんですけど、あのあのあの、2階から見るソリタリとっても良い!!!というのも、ハットでちょうど目が見えないんですよね。それによって、踊ってる作間から感じられる空虚さが更に際立つというか……特に人差し指を口元に持っていく振りが素敵に見えるんです!!!はあ。かっこいい。かっこいいです。とってもかっこいい。もう帝劇で作間のソリタリを見られないと思うと物凄く悲しくなってくる……

……それと、一昨日、優斗くんは、いつもだったら「ジャニーさんだったらどうするのかなって考えることがよくある。でも、その答えはもう分からないんだよね」と話すところに、少し考えながらも「……いや、本当はわかってる」と付け加えた。本当はわかってる、でもそれはなかなか伝わらなくて……ジャニーさんに会いたいなって、思うよ。優斗くんはゆっくりと、所々で言い淀みながらも、そうやって語った。わたしは、優斗くんが思い描く「わかってる」ことを、ちゃんと受け取れているんだろうか。ちゃんと受け取るって、どういうことだろう。例えば、書かれるものは書き手の手を離れた途端、それは誰のものでもなくなる。受け手が読み取ったものが全てになる。受け手の限界が、書かれたものの限界になってしまうのだ。……でも、これは他のどんなものについても言えることだと思う。たとえば、ハイの5人が様々な願いや思いを込めたパフォーマンスを見せてくれたとしても、わたしにそれを受容する力がなかったら、彼らのパフォーマンスの限界はどうあがいても頭打ちになってしまう。……涼くんが口にしていた「ずるい大人になるしかないのかな」という言葉がそのまま突き刺さる。高校生の頃、ハイを見て感じていたこと、一音聴くだけで、一目見るだけで心震えていたのに、そうした感覚が失われていることが自分でもよくわかる。もちろん、今は今で、また別の形、別のしかたで5人が大好きだし、あの頃には感じられなかったものがあることだって分かってる。けれども、どんどん目が見えなくなっていくようで……いつかの冬に芽生えた「作間のことが分からない。だから分かりたい」という欲望は、ハイの見ている世界を、彼らが見ているままに見てみたい、という欲望に変わりつつあるのかもしれない。

あとビリー仕込みのリッキータップを見よう!!と頑張っていたのですが銭形たいしょーと愉快な優斗ルパンが面白すぎてそれどころではありませんでした……あの二人のちょうど後ろにリッキーいるの罠過ぎる!!!作間は自分の頭に拳銃打ったり那須くんに沢山打たれたりして楽しそうでした。