儚いから愛おしく、慈しむほど輝く

呼び捨てされる嬉しい響き Good Chance 期待しちゃうな

ボクのまわりでも色々変わるけど キミに逢いたいだけだよ

一公演、また一公演と休演が発表され、結局あの日から一度も帝国劇場の幕は上がっていません。はあ。悲しい……ドーンの時にも感じたけれど、世界は大きく変わってしまったのですね。今この舞台を、ライブを見ないと死んでしまう!!くらいの気持ちで生きていても、わたし一人のちっぽけな欲望は、やはり実際の人命の大きさとは釣り合わないものなのです。22:53現在、瑞稀の伝記はまだ更新されていません。大丈夫かな……

さて、この頃のわたしはお人形の出てくる物語にお熱です。正確にはピグマリオンのように、自分自身の欲望をお人形、あるいはお人形のような生身の人間に託す物語にハマっているのです。だってわたしはアイドルおたくという名のお人形遊びのプロ。最近いちばん熱中しているのはブラック・ジャック。元々わたしはテラトーマが好きで(受精はしていないのに身体のパーツだけが出来上がってしまう、というところになんだかロマンを感じるんです。摘出されたテラトーマの写真を見るのも好き!特に、歯や髪の毛が好きです。本来ならば身体の表面や、すぐに触ることが出来る場所に作られるはずのに、決して触れることが出来ない体内に存在していることの不可思議さに惹かれます。)奇形腫から作られた女の子=ピノコが登場する、という設定に萌えが止まらなかったのですが、一方で、ピグマリオン的欲望が描かれている作品とは思っていなかったのですよね。けれども、ピノコという名前がピノキオに由来していると知ってから、「これはお人形のお話だ!!」とびびびと来たのです。

「おまえは/人間になりそこなった/肉体のかけらだ/おれの手で/組み立てて/人間に仕立てて/やるぞ」
「おまえはさいわい/脳と心臓から/手足まで全部/そろっているんだ」
「たりない部分はこうして/合成繊維でつくってやった/これとあわせれば…………」
手塚治虫「畸形嚢腫」『手塚治虫漫画全集 ブラック・ジャック 4』

ブラック・ジャックは決してピノコに理想の女性像を託してはいない。けれども、ピノコに対し、一人の人間としてもう一度生を授けた動機の中には、既に存在している命を死なせないという責任の他にも、医者のプライド、即ち、自らの手で人の身体に仕立て上げてやりたいという、また別の方向の欲望が存在している……自らの欲望が動機となり作られたという点では、ピグマリオンの彫ったガラテアと似ているんじゃないでしょうか。

しかし、「理想の女性像」が託されなかったからでしょうか?ピノコは決してイイコではありません。お金持ちの家に養子に出された際には病院の窓を割り、幼稚園?学校?で好き勝手暴れ、結局はブラック・ジャックのもとへ帰ってしまいます。わたしはピノコの、この生き生きとした様が好き!「決して<お人形>ではないのよ」と言いたげな姿にすかっとします。それに、ピノコは恋する乙女なんですよ!!ブラック・ジャックの助手で、妻。その愛をまっすぐにぶつけます。ブラック・ジャックは「自分はピノコの保護者」なんて言っていますが……

ピノコはきちんと生まれていたら18歳の女の子(ピノコ曰く、八頭チン=八頭身の身体をしているはず、らしい)。けれども、かろうじて存在していた「肉体のかけら」をどうにか人の形に仕立てたため、実際の身体は小さく、幼稚園の子どもくらいにしか見えません。ピノコはそのことをコンプレックスに思っています。ある日、ピノコ白血病を発病してしまい、治療方法がもうない、という状況に陥ってしまいます。そこで、最後のお願いとして、彼女はブラック・ジャックに「自分を八頭身の18歳の女の子の身体にしてほしい」と頼みます。

「八頭チンの/きえーいな/女の子になゆ?」
「ああ なるとも/山口百恵なんか/よりもっと/美人になるさ」
「そのかわり/手術してから/何日かで……」
「おまえは/死ぬんだぞ」
「……いいの/一日れも/がまんちゅゆ」
「ね 先生/先生が見て/きえいだと思ったや……/ピノコと結婚ちてくえゆ?」
「……ああ/してやるよ」
手塚治虫ピノコ生きてる」『手塚治虫漫画全集 ブラック・ジャック 16』

18歳の身体になってやりたいこと。それは、ひどい扱いをしてきた元の家への復讐でも、失われた18年間を取り戻すことでも、学校へ行き年相応の女の子として生きることでもありません。ブラック・ジャックと結婚することなのです。ただそれだけを望んでいるんです。その姿が愛らしくて……ああ、素敵だなって思うんです。そしてブラック・ジャックの台詞もめちゃめちゃにかっこいい!!!この後にも物凄くかっこいい台詞、コマがあるんですけど、それは是非読んでほしいです。

さて、ここで気が付きました。わたし、ブラック・ジャックを読むときは、ピノコ側に入れ込んでいる!と。ピグマリオン的欲望が描かれた作品を好むのは、わたし自身がそうした欲望を抱き、作間龍斗というお人形にありとあらゆる願望を託しているからなのですよね。わたしはアイドルのことを何も知らない。名前と顔しか知らない。下手したら、名前さえ知らないことだってある。かつては子どもで、生々しく精神が透けて見える身体を持った、16歳の少年だった作間も、今ではその身体、その人生がパッケージ化され、人ならざる人になった。わたしはその空洞の身体の中に、自分自身の願望を詰め込み、非人道的な遊びを繰り返している。そのくだらなさを直視するということ。わたし以外の誰かが表現したお人形遊びの魅力を、自分以外の人間として追体験するということ。わたしは、これらの楽しみゆえに、お人形にまつわる物語が好きなんです。けれども、思い通りになるはずのお人形が意思を持ち、逃げ出す姿を見ると、なんだか心が軽くなる……この背景には、自らの罪滅ぼしという側面の他にも、わたし自身がお人形のように扱われてきたことへの反発という面もあるんだと思います。人の言うことを聞き、<きちんと>している<女の子>。……でも、本当はそうじゃない。なのに、人は<そうじゃない>部分を見ようとはしない。理想的な部分のみを覗き、それ以外の部分はなかったことにする。 ピノコの姿を見ていて溜飲が下がるのは、過去のそうした経験全てをなかったことにしてくれるからなのかもしれません。

けれども、谷崎の痴人の愛を読んでいたときは、完全に譲治側になっていました。この違いは何なのでしょう?ナオミだって押し付けられた他者の理想を跳ね返し、自由に生きているはずなのに……

あんなに憎らしかった女が、こんなにも恋しくなって来るとは? この急激な心の変化は私自身にも説明のできないことで、恐らく恋の神様ばかりが知っている謎でありましょう。
谷崎潤一郎痴人の愛

わたしもこうやって、お人形に支配されたい。自分が主体だと思っていたら、いつの間にか客体になっていた、そんな体験をしたいと思っているのかもしれない。快楽ではなく悦楽が欲しいなんて考えは、まさにそれのパラフレーズですよね。お人形が出てくるお話、ピグマリオン的欲望が描かれたお話でおすすめのものがありましたら教えてください。