儚いから愛おしく、慈しむほど輝く

ユーフォリアなんて贅沢言わないからこの痛みだけをかなえて

なんで16歳が好きなのかを考えてみる(その105)

ことにしました。

以前、16歳コンプレックスが崩壊しかけている、と書きました。あれ以降わたしは何故自分が16歳にひどく固執するのか考えているのですが、全くわかりません。そもそも年齢萌えをしている意味すら自分でも分からないのですが(……)分からないなら言葉にして考えればいいじゃない!というわけで思いつくものを一通り書いていきたいと思います。

  1. 子ども過ぎず大人過ぎない
    わたし的に15歳は中学生だしまだ給食食べてるから子ども!!って感じがするし、17歳は「7」という数字が大きく感じられるのでほぼ大人のような気がするんですよね。単なる数字から受ける印象だけでなくて、大人みたいな発言をしつつも思考のどこかに幼さが残っていたり、ふとした表情にあどけなさがのぞく瞬間があったり、という場面が16歳は多いと思うのですよ。そういう「ずっと子どもみたいだと思ってたのに急に大人っぽくなった!」と「大人びた言動が目立つのに、たまに幼いかわいいことしてる……」の繰り返しを見るたびに心がぐらぐらしてしまうのです。
    ちなみに、以下延々と「子ども過ぎず大人過ぎない」という主張を薄めた文章が続くのでよっぽど暇な方でない限り2~5全て飛ばすことをおすすめします……

  2. 16歳という響きが好き
    16歳。十六歳。じゅうろくさい。もうこの響きがよい!!去年の冬帝劇で「僕たちは14、15、16、17という響きが好きなのさ!」というちょっと狂気じみたセリフを男の子に言わせるジャニーさんって……と地味にざわつきましたが、でもでもでもその気持ちは分からないでもないと思うのですよ!!!この16という数字の美しさ!!!わたしは偶数が好きなんですけど、14だと小さすぎる気がするし、18だと20に近すぎるし、この16というどっちつかずチェリーな曖昧さが良いのです。

  3. 高校1年生~高校2年生という時期がちょうどいい
    学園ドラマや少女漫画で中学2年生、高校2年生の設定が多いのは「入学から1年以上が経過しているために学校生活に慣れていて、かつ、まだ進路選択に本腰を入れなくてよい学年だから」だと思うのですけど、アイドルに対してもこれと同じことが言えると思うんですよね。
    例えば、中学3年生、高校3年生だと、進学・就職のタイミングゆえにアイドルを辞めるか否かの選択を迫られる子も少なくないと思うんですけど、それゆえ大人の顔つきになってくる気がするのです。というか、その1年間だけは大人になることを強いられる、とわたしは考えています。これは普通の子にも言えることだと思うんですけど、中3よりも高1の方が、高3よりも大1の方が不思議と幼く感じられるのは、終わりに立っているか始まりに立っているかという違いが関係していると思うのです。将来を見据える眼差しというか、きちんと自立している雰囲気が中学3年生、高校3年生は強い気がするんですよね。特に高校3年生、つまり17歳、18歳の子は大人への入り口に立っているからこそ生まれる覚悟のようなものが、わずかながら残されている幼さよりも強くなってしまっている気がするのです。その一方で高校1年生、高校2年生の子は一度進路選択を迫られているし、子どもとも言えない年齢だから多少の落ち着きや大人に近い考え方、肉体は持っているけれど、まだ子どもとしての時期も残されているわけで。その微妙なバランスにたまらなく萌えなわけなのです。あとわたしは入学したばかりで浮足立ってる雰囲気が(見ている分には)好きなので、そこ16歳萌えの理由の一つかもしれません。

  4. 不安定さと脆弱さ
    猪狩のソロ「fence」がわたしは好きなですけど、というのも猪狩の願いや「こうなりたい」という思いが込められた詞のような気がするからです。猪狩って、強い面や自分をしっかりと持っている部分が注目されがちですけど、本当は弱いところや自信がないところも少なからずあると思うんですよ。例えば、サマステMCの優斗くんの「滑舌が良くなる体操」を嫌がったこととかも、その一つだと思うのです。「俺は俺だ、違いますか?」という詞は今の(というよりは、詞を書いたときの、と言った方が正しいのだろうけれど)猪狩の主張でもあると思うんですけれど、それ以上に「そう主張できる自分でありたい」という願いな気がするのです。もしかしたらそれは、「そう主張できない自分もいる」という、ある種の弱さと言い換えられるかもしれません。でもそういうところって、大人に近づけば近づくほど、多かれ少なかれなくなっていく、受け入れていくじゃないですか。だから、その弱さを他の何かに昇華しようと、どうにかしようともがいている姿が美しいと思わずにはいられないのです。きっとこの美しさは大人になったら二度と手に入れることができないのでしょう。そういう、若さゆえの弱さや不安定さみたいなものがたまらなく好きなのです。

  5. 幼さの残るビジュアル
    以前、局動画#10瑞稀ソロ花言葉が凄く好きだということを書きました。何故わたしがあの1分にも満たないあの部分にひたすら萌えてるかというと、3人ともめちゃきゃわだからです。めちゃきゃわ!!男の子しか持てない「かわいさ」があるのですよ!!そして、その「かわいさ」は「幼さ」からくるものだと思うのです。例えば、今の(というか18歳の)涼くんのことをかわいい~♡と思うときは多々ありますけど、そのかわいさと、この動画から感じられるかわいさは別のものだと思うのですよ。前者が仕草や表情にきゅん~だとしたら、後者は幼さからくる、儚さや愛らしさに似たもの、言葉にするのが難しい何かに心をゆすぶられている状態と言える気がします。「今しかない、大人になったら消えてしまう何か」に強く惹かれること、を、「かわいい」という言葉に置き換えているのだと思います。ううううううう上手く言葉にできない……もちろん、16歳の時のビジュアルが幼く見えるか否かなんてものは個人差があるので(17歳優斗くんは凄く幼く見えるけれど、16歳瑞稀は別に今と変わらないし……ていうか瑞稀のビジュアルってずっとあまり変わってない気がする。これはハイハイ七不思議の一つかもしれない)これは括弧書き程度の理由ということでお願いします……

 

こんなにたらたらと16歳が好きな理由を連ねてきましたが、結局のところ「大人過ぎず子ども過ぎない」の一文にまとめられるのだから、まあ、不毛だな、と自分でも思います……しかも作間は既に17歳という……でも、わたしの中での作間はまだ16歳のまま、夏のままで止まっているのだから、こういうしょうもないことを考えずにはいられないのです。ていうかしょうもないことを考えることくらいしかやることないよ……

そんなわけで本日より少しずつ書き溜めたものを出していくことにしました。今年も残りわずかですが、よろしくお願いいたします。