儚いから愛おしく、慈しむほど輝く

ユーフォリアなんて贅沢言わないからこの痛みだけをかなえて

真夏の少年の感想ともいえないもの(その100)

真夏の少年の感想を書いていないことを思い出しました。何か月前の放送……ていうかダビングはいずこへ……という感じですし、あの番組を見て何を思ったのか、自分でももうほとんど覚えていないので、ふんわり考えていたことだけ書き記しておきます。

わたしはMyojoの1万字インタビューが得意ではありません。というのも、「アイドル」という職業である生身の人間の人生を無理やりストーリー化している感覚がどうも好きになれないのです。確かに「アイドル」という職業のリアリティを伴ったファンタジーをお茶の間にお届けするという意味では優れた企画なのかもしれません。でも、例えばまだ10代の子たちばかりであるハイハイがあの企画をやることになったらと考えると(実際問題デビュー組にしか回ってこないのでありえない話ですけど)何とも言えない罪悪感にかられてしまうのです。自分のことさえも分からない子たちから無理やり言葉を引き出して、他の何かに作り変えてしまう。これが良いこととはどうしても思えないのです。

だからアイドルのドキュメンタリーもあまり得意ではありません。確かに頑張っている姿や苦悩する姿は美しいし、見たいと思ってしまうけれど、どうしても自分も汚いことをしている感覚に陥り罪悪感を抱いてしまう。けれども見たいことに変わりはなく……というジレンマを覚えるのですが、真夏の少年を見た時もそのような感情だったと記憶しています。悲しい出来事が起きても、アイドルという職を全うする彼らは美しいし、格好良いとは思う。でも、それを見る権利がわたしにあるのか、それを娯楽にしてしまっていいのか、という疑問を抱かずにはいられません。いくらショービジネスとはいえども、10代の男の子にそれを求めてはいけないような気がするのです。とかなんとか言いつつも結局は楽しんで見たわけだし、結局はわたしもただのアイドルおたくで矛盾……難しいですね。どんな思いでおたくをするのが正しいのか、未だに分かりません……