儚いから愛おしく、慈しむほど輝く

きっと戻れない日々眺めてた。たった一つが欠けて、諦めて。

その56

昨日、久しぶりに自分のブログを読み返していました。元々は私の考えていたことなのだから当然と言えば当然なんですけど、どの言葉も読むたび、飲み込むたびしっくりくるんですよね。当時は必死だったことが今では忘れてしまっていたり、反対に、その時はどうでもよかったことも、今ではもう二度と手に入らないんじゃないかってくらいに大切なものになっていたり。ものによって色々ですけど、でもどれもこれも残しておいてよかったと今では思っています。

わたしは、作間が17歳になるまでに、沢山色々なことを考えて、その都度それをここに書き記しておこうと決めていました。特に、夏は時間が取れると思っていたから、些細なことでも残しておこうと決めていたのです。でも、実際にはできませんでした。本当は、もっと作間について考えたかったし、何か言葉を持ちたかったのに。わたしはその状態を「自分の瞳が曇っているような感覚」とあらわしました。でも、今考えれば、わたしは本当に作間のことが好きで、ただ純粋に「好き」だという気持ちだけに突き動かされていたから、なかなかその時思っていたことを言葉にできなかったのかもしれません。ある意味では「瞳が曇っていた」というか、盲目的だったのかもしれないですけど(笑)でも、簡単に言葉にできる状態よりも、幸せだった、ような気がします。サマステのGUILTYもSugarも、なかなか思ったことを言葉にできなかったけれど、でも好きだと思ったことは本当だから。というか、言葉にするのがもったいないと思ってしまうくらい、何も言葉にできないと思うくらい好きだったのだから、とてもとても幸せだったのだと思います。いや、凄く幸せだったし、凄く好きだった、と言いたい!(笑)もしかしたら夏のフィルターがかかってるのかもしれないけれど、でも、EXシアターのすみっこで好きだなって思ったことは本当にあったこと、だと思います。はあああああ夏に戻りたいな。それが出来ないなら何も起こらなかった世界に行きたい。作間がステージに立っていなくてもわたしの生活は何の問題もなく進んでいくけれど、やっぱり少しだけ寂しいです。