儚いから愛おしく、慈しむほど輝く

きっと戻れない日々眺めてた。たった一つが欠けて、諦めて。

君にとって明日はどんな未来だ?(その10に代えて)

野郎組の最終回を見ました。

今回は一人だけ女子と話せない病が治らない!という一条が絶望に浸るシーンから始まるわけですが、花センからの「大人になったら懐かしくなるよ!」という励ましを「懐かしむのなんて大人になった俺がやればいいよ、今の俺は女子と話せないままなの?」と突っぱねる一条が結構、というかめちゃくちゃに好きです。高校生の時の悩みなんて、今思えば小さなことだらけだったような気もしますが、生きるか死ぬかっていうくらいその時は本気なんですよね。それを「懐かしむのは大人になった俺がやればいい」という台詞で表現してきたところにおお、と感嘆しましたし、今思えばわたしが高校生の時に言いたかった言葉ってこれなんじゃないだろうかという気持ちになりました。

あとアスカちゃんと一条がすれ違うシーンも好き!先週のアスカちゃんが靴履かせてくれるシーンもそうなんですけど、制服着た優斗くんが女の子と同じ画面に収まっているというところにファンタジーを感じます゜・*:.。..。.:*・゜ていうか靴履かせるとかすれ違うとかそういうところが既にファンタジー゜・*:.。..。.:*・゜優斗くんかわいい゜・*:.。..。.:*・゜あまり今まで言ってこなかったかもしれませんが、実を言うとわたしは優斗くんのビジュアルが凄く凄く好きで、特に野郎組後半回のビジュアルははああああああああああ!!!!!!となるくらいツボだったのです。ナナセくんももちろんかっこよかった♡いつになくビジュアル良かった気がします。あ、あと白目剥いてる一条、というか優斗くんにアッパレと言いたくなりました……最後にそれぞれが違う格好をしてああ野郎組を歌うシーンも好きです。3か月弱走ってきてようやく1歩前に進める(かも)……!!という謎の感動に包まれましたね……

 

 さて、毎回EDでは「男子高校生あるある」をアドリブでやっていましたが、今回は「10年後の自分へ」でした。この「自分」というのは役ではなく演じている本人のことなんですよね。じゅにあのドラマってメタ発言が多いなーと前々から思っていたんですけど(兄ガチャ毎回ラストのお風呂シーンでのミコトイの掛け合いなど)この「10年後の自分へ」はもはやメタ的要素を超えたもの、アイドルとしての8人が野郎組という作品を離れ、新たな門出を迎える卒業式のようなものに感じられました。一人ずつ、はい、と返事をして立って、役を離れて未来の自分へメッセージを言うって、そんなの、泣いてしまうよ。というか、実を言うとこの「10年後の自分へ」を見て泣きました。10日のドリボよりも泣いた、というか9月2日以降初めてあんなに泣いた気がします。公式Twitterのアナウンスで「最終回の男子高校生あるあるはいつもとは少し違う」とあったので、今までとは違うものが来るとは知ってはいたのですが、まさかこんな粋な演出をしてくれるとは思ってもみなかったので……

 優斗くんはこういう時に自分の言葉で思っていることをそのまま伝えてくれるなあ、といつもいつも思います。それは凄くアイドルとしても、一人の男の子としても良いなって思う、し、やっぱりこういう子が作間の近くにいてくれてるのは有難いな、とも思う。なんというか、例えばわたしの欲しい言葉を作間が言ってくれることってあまりないんですけど(笑)そのすぐ近くにいる優斗くんが言ってくれることで救われたことは何回もあるんですよね。だから、そういう意味でとても有難い、のです。あと、なお(なお、という名前がかわいくて気に入ってるので最近下の名前で呼んでる)の「10年後もアイドルの……」という表現が凄く素敵だな、と思ったし、作間もそう思ってるかな、ってちょっとだけ考えちゃったよ。猪狩は伝記やサマステの幕(と言えばいいのかな……)同様に個性的で、でも10年後もこの子はこうやって自分の思いや信念をエンターテイメントに昇華して世に出しているのだろうなと思いました。猪狩の「今より幸福だったらお前の勝ち」っていう考え方が凄く好きというか、良いか悪いかの価値判断基準に他者を入れてないところが格好良いなあと思うのです。もちろん、他者と比べることだってあるだろうし、そんなの当たり前なんですけど、でもそれを踏まえても「自分って最高じゃんって思えたらそれで良くね?」って言っているみたいで、そういうところにわたしは憧れているんだと思います。そして、作間。トマトは好きですか?ってなんやねん!!って思ったんだけど(笑)でも、10年後の作間がトマトを好きかどうか、もしかしたらわたしは知ることが出来ないのかもしれないって思ったら無性に悲しくなってしまったよ。だって、10年後も作間がアイドルとして活動してなかったらわたしにはそんなこと知る術がないわけで。もしここで終わりになってしまったら、一生「26歳の作間がトマトを好きかどうか」なんていうばかみたいな問いの答えすら知ることができないんだよ。そんなの、悲しすぎる。今でも3日に1回くらい、何やってくれてんだよ、っていう気持ちになるけれど、それでもわたしは10年後の作間の姿を、アイドルとして活動している姿を見たいと願ってしまうのだから、本物のばかはわたしなのだと思う。そして16年間生きてきて~という言葉で、この子はまだたったの16歳なんだっていうことを思い出しました。まだ高校も卒業してない。やろうと思えば何だって出来るし、なろうと思えば何者にだってなれる。今、こんな状態になってしまったけれど、ここから頑張れば国民的アイドルになれる可能性だって0じゃない。だからこそ、アイドルでいてほしい、と願ってもいいのか、と考えてしまう。もしかしたらこの活動自粛期間中に、他の道に進もうか、と思うこともあるかもしれないし、もしそう思うことがあったとしてもわたしには止める権利なんてない。悲しいけれどね。もちろん、そんなのいやだーーー!!!という気持ちもあるんですけど、もし作間がアイドルじゃない道を選ぶのなら、わたしは、作間にずっとアイドルでいてほしい、という願いを捨てるべきなんだろうな、とも思います。まあ、ここ数週間自分でも驚くくらい考えが二転三転しているから、今はそういう気持ちってだけです……昨日は絶対に戻ってきてほしいし、そこからずっとアイドルやってほしい、って思っていたのだから、多分明日になったらまた別の感情が芽生えていると思います。でも、「ハイハイジェッツのさくまりゅーとです」っていう挨拶だけは、ずっとずっと心の中に大切にしまっておきたいと思うし、出来ることならもう一度その言葉を作間の口からききたい。それだけはずっと変わりません。

わたしはこのドラマの放映が決まった時に「16歳の作間の魅力が詰まったタイムカプセルみたいな作品になればいい」とこのブログに書きました。今の時点では、まだ、このドラマがわたしにとってそういう作品になるかどうかは分かりません。正直なところ、作間のことを年が明けても好きだと言い続けられる自信があるとは言い切れませんし、このドラマを見るたびに2019年9月を苦々しく思い出すのかな、という気持ちもあります。でも、凄く凄く楽しい3か月弱だったし、じゅにあドラマの中ではいちばんに好きな作品になりました。色々文句垂れたこともあったし、内容はぶっ飛んでるし、B級感は拭えないし(笑)でも、出演者のみんなは凄く凄く頑張っていたし、ナナセくんとして野郎組の中に存在する作間はとても、格好良かった。いつか、この作品を愛していたと、ナナセくんを演じる作間が大好きだったと思えたらいいな。