儚いから愛おしく、慈しむほど輝く

きっと戻れない日々眺めてた。たった一つが欠けて、諦めて。

作間について思うこと

この前の帝劇で気付いたのだけど、わたしは作間が何を考えているか全く分からない……いや、アイドルが考えてることなんてこっちが分かった気になってるだけで本当は1ミリも理解できていないのかもしれない。でも作間に関しては分かった気にすらなれない。

この前の帝劇で改めて気付いたのだけど作間はパフォーマンス中無表情なことが多い。ダウンタウンの財布盗むところ〜喧嘩は悪そうな顔してたし、にこにこしながら歌ってる時もあったのだけど、和太鼓もファンカッションも終始無表情だった、と思う。もしかしたらわたしの勝手なイメージが先行してるだけかもしれないけれど。

わたしが今まで好きになってきたアイドルは表情豊かな子が多かった。場面場面によって表情がころころ変わるからこの曲はこういう風に解釈してるんだな、こういう風に魅せたいんだなっていうのがすぐ分かったし(分かった気になれたし)それが心地よかった。そういうところでその子のアイドル性、信じたいと思えるかどうかを見ていたような気もする。でも作間は上にも書いた通りあまり表情が変わらないから、そういったものを見出せないし、分かった気にすらなれない。それでもわたしが作間に心惹かれるのは見ていて心を揺さぶられるようなパフォーマンスがそこに在るからだと思う。歌もダンスもローラーもファンカッションも凄く格好良くて、なのに表情は変わらなくて。そういうところが16歳の男の子に見えなくて。なんというか、神様みたいだな、と思った。学校に通っているとは思えない、YouTubeでひたすら駄菓子食べてた高校生と同一人物とは思えない。作間の立っている舞台と客席がほんの数メートルしか離れていないとは思えない。全然別の世界にいるみたい。わたしはそういった踊ったり滑ったりしてる時の作間の非現実的なところに惹かれるのだと思う。

わたしは今まで、アイドルのパーソナリティやその子の考えてることに惹かれたり、そういうところで好きになったりすることが多かったのだけれど、純粋にパフォーマンスを信じる、目に見えるもので好きになるっていうのもありなのかな、と思う。ていうか、内面的なものを信じるのって正直言って超しんどい……だって本当に理解したり、気持ちに歩み寄ったりすることは不可能なのだから。そういった点で作間のパフォーマンスを好きでいる、っていうのは楽なことなのかもしれない……だからと言って作間のパフォーマンスだけが好きなわけではないのだけれど。

あと、作間は喋ってるとまだまだ普通に子どもっぽいしなんかきゃぴきゃぴしてるから、そのギャップで余計に何考えてるか分からないのかもしれない。いや、もしかしたら何も考えていないのかもしれない……まさか、そんなことはないか。でも作間のことがよく分からないのは確かです……ううういや本当はどうして作間に心惹かれるのかも分かっていないのかもしれない…
取りあえず言えることは2015年の春頃の少クラの「Party Don't Stop」の作間がかわいいということです゜・*:.。..。.:*・゜